18/07/21 祇園祭後祭宵々々山

祇園祭後祭宵々々山  橋弁慶山

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10基目の橋弁慶山です。
御神体は弁慶・牛若丸。
見るからに分厚く漆の塗られた橋は五条大橋になります。
「くじ取らず」の山で「後祭一番舁山」となっています。
会所の1階には五条大橋と懸装品、2階には御神体が置かれています。
良く見ると、左側の欄干の前から2番目の擬宝珠(ぎぼし)の天辺が無いのですが、ここに牛若丸が乗るようになっています。
欄縁は浮彫になっていて、波や鳥、芦などが描かれています。
見るからに贅沢な作りだと分かります。
 
浄妙山といろいろと被りますが、大きく違うのは浄妙山の宇治橋は矢が大量に刺さっているのに、橋弁慶山の五条大橋はこのようにきれいなことです。
どちらも舁山というカテゴリーになりますが、どちらかというと舞台といった方が良いかもしれません。
山ですが真松が無いことや、見送りが無いことも共通しています。
 
橋弁慶山は宵山でも山は剥き出し。
釘を使わずに荒縄だけで組まれていることもじっくり観察できます。 

祇園祭後祭宵々々山  浄妙山

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後祭の宵々々山ですから、10基をまわるのは楽勝です。
あと2つで終了となります。
御神体は筒井浄妙と一来法師。
 
平家物語には、宇治川の合戦が2回描かれています。
1回目は源頼政対平家、2回目は源義経対木曽義仲ですが、その1回目の戦いの場面が描かれているのがこの浄妙山になります。
実際の戦いでは、宇治橋の板が取り外され、狭い橋桁を渡る攻防戦となったようです。
そのときに奮闘したのがこの山の名前となっている僧兵の筒井浄妙で、先陣を切って戦っていたそうです。
やがて矢も尽き、刀も失った浄妙を救おうとするのですが、橋桁の上なので身動きが取れません。
そこで後ろから来た一来法師が浄妙の頭上を乗り越えたのがこの場面というわけです。
結局、一来法師は浄妙を守りましたが討ち死に。
頼政も敗れて平等院鳳凰堂で自害し、浄妙も落ち延びていくのだそうですが、結果として源氏が勝つので勝負の御利益があるとなっているそうです。
 
前懸は「桜図」、胴懸は「柳橋水車図」「柳橋図」、後懸は「楓図」となっています。
以前は布の水引を使っていたようですが、最近は「波頭文」彫刻になっています。
浄妙の鎧は重文指定です。 

祇園祭後祭宵々々山  鈴鹿山

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山鉾が置かれている中で最北東に位置する山です。
御祭神は鈴鹿明神(瀬織津姫神)で、能面を被っていますがたたずまいだけで美しさが伝わってきます。
1枚目の写真の右側が胴懸の「紅葉図」綴織。
反対側の「桜図」綴織と対になっています。
1枚目の写真の左側が見送りの「牡丹鳳凰文」刺繍。
他に「ハワイの蘭花図」綴織、「飛龍波濤文」綴織も所有しています。
欄縁金具は山鹿清華下絵の四季花鳥文様。
山鉾はそれぞれに美しさがあるのですが、この鈴鹿山は分かりやすい美しさのある山だと思います。

祇園祭後祭宵々々山  役行者山

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役行者山さんは真松が変わったようです。
ということで、古い真松は御守護札になりました。
早速購入。
神變(変)大菩薩守護とは、ここの御祭神の役行者さんの別名です。
御祭神はその他に、鬼の姿の一言主神、女神の葛城神といらっしゃいます。
御神体が3体あるので、舁(か)き山の中では最大の大きさになっています。
 
胴懸の龍の目にはLEDが仕込まれていて、定期的に光ります。
けっこう苦戦をしましたが、なんとか光るところを撮ることができました。
あまりあちこちの山鉾でこれをやられると、そのうちにデコトラみたいな山鉾が誕生してもイヤだとは思いますが、1基くらいはこのような遊び心があるのは有りじゃないかと思います。 

祇園祭後祭宵々々山  黒主山

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会所にマンションを建てることによって、祇園祭の山鉾町の持つ課題を解消したことで有名な黒主山です。
御祭神は大友黒主と言われていますが、実は西行という説もあるのだそうです。
独特の「黒」の文字が浴衣や提灯・グッズにも使われていますが、ユニークで目を引きます。
 
マンションのホールの部分が展示場になっていて、所狭しと御神体と懸装品が飾られています。
黒主さんは、宵山のときと巡行のときの衣装が違います。
また、最後の写真になりますが、赤い三爪の龍の後懸は巡行時には見送りに隠れてしまうので見ることができません。
そのようなものを見ることができるのも宵山の楽しみ方です。
ちなみに、前懸の「五爪流文錦」の龍は五爪の完成した龍ですが、三爪の龍は成長途中。
そういう黒主山のいわれや祇園祭の見所について話を聞くことが出来るのも、黒主山の楽しみ方の1つです。
写真を撮り忘れましたが、今年から粽の桜が変わっているそうです。 

祇園祭後祭宵々々山  鯉山

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室町通に移って鯉山に来ました。
前祭ですでに粽は購入しているので安心して参拝できます。
日もだんだんと落ちてきていて駒形提灯に明かりが灯り、青空と提灯の明かりのコラボはほんの時間しかない贅沢な時間です。
 
会所は、前祭とは違って懸装品もすべて飾られています。
他の山鉾では、複数の前懸・胴懸・後懸・見送りなどを持っていますが、鯉山は1つしかありません。
17世紀にベルギーで作られたタペストリーが鯉山に伝わり、大工のノミで切り分けて前懸・胴懸・見送り・水引にしたものを使い続けているのです。
動く美術館と言われる山鉾ですが、やはり国宝や重文クラスは多くありません。
その中で、鯉山の前懸・胴懸・見送り・水引はすべて重文指定となっています。
足りない部分は、例えば胴懸に龍文地で装飾していますが、これは清の官人の服を裁断して使っているそうです。
ともかく、鯉山はいろいろと裁断しては繋いでしまいます。(笑)
 
前祭のときと鯉さんの向きも変わっています。
後祭仕様。
会所は町家造で混雑するために、今年は撮影場所も決められていました。 

祇園祭後祭宵々々山  大船鉾

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後祭の最南端にあるのが大船鉾です。
四条町は、昔は北四条町と南四条町に分かれていて、北四条町のときが龍頭、南四条町のときが大金幣を交互に乗せていたということから今年は龍頭が乗っています。
まだまだ発展中の鉾で、今年は跳高欄の部分が朱漆に塗られたことと、後懸「旭光萬壽山図綴織付日輪鳳凰額刺繍」が新調されたそうです。
また、2020年を目標に龍頭に漆箔を施したいということで1口1万円で寄付を募っています。
復興前にはちょっとは寄付をしたのですが、復興してからは思うところもあり、今回も寄付はしません。
鉾自体が、新しいものと江戸期のものが入り交じったアンバランスなものになっていますが、運営も同様なのだろうと思うので、落ち着くまでは見守りたいと思います。
 
日本酒は、最近は買っても飲まずに冷蔵庫の肥やしとなっていて、実は日本酒用の冷蔵庫が1台あるくらいで古酒になったものが詰まっています。(笑)
ということで買い控えているのですが、丹山酒造のあまざけに引っかかってしまいました。
愛想の良いおばちゃんということもあったのですが、あまざけを牛乳で割ったものを飲まされて妻が飛びつきました。
そのまま微妙に酔ってしまい、勧められるままにいろいろ飲んでしまい、大吟醸まで買ってしまいました。 

祇園祭後祭宵々々山  南観音山

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天女舞う南観音山です。
後祭は前祭よりも人出は少なめ。
しかも猛暑なのでかなり空いている感じですが、それでも外国人は今年は多く感じるのは同じです。
日本語はある程度堪能な白人の外人さんが、呆気にとられたように「木…木だよ。木…」と呟いていたのがとても印象的でした。
私たちにしてみれば、釘などは一切使わずに木組みと荒縄で作っていることが当たり前なのですが、そこはやはり外国人にしてみると驚くべきことなのでしょう。
 
天女の描かれた布は「水引」と言いますが、南観音山や北観音山・岩戸山などの曳山や鉾などは水引が何段にもなっているので、一番上を「下水引」と言います。
加山又造氏下絵による「飛天奏楽」図といいます。
次の水引は二番水引といい、「猩々緋に剣倒巴文金糸伏縫」といいますが、剣と左三つ巴の模様は神社の本殿の階段や上賀茂神社の玉橋などにも見られる魔除け模様のようです。
下水引の上の水引は天水引といい「緋羅紗地四神図」。
ともかく、いろいろな縁起物と龍によって彩られています。
それから、こちらの真松には鳩がいます。 

くろちくバーゲン

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とりあえず、いつものくろちくバーゲン。
いつもとおなじ所ばかりの写真ではつまらないので、今日は一番きれいな天正館を写してみました。
ある意味では正しいのかもしれませんが、バーゲン品は減ってきています。
会場も少し小さくなっています。
それだけバーゲン品になるような商品が無くなって来たということなのでしょう。
ただ、神田などもそうでしたが、売れ行きがよい時期というのはクダラナイ商品もいっぱいあって、遊び心に溢れているんですよね。
そういう意味でバーゲン品が減るというのは良し悪しのようにも思います。
まだまだ遊び心に溢れてはいますが、アロハシャツやジーンズ、ディズニー関連の商品など、ずいぶんといろいろなものが無くなりました。 

祇園祭後祭宵々々山  北観音山

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どんどんと南下して北観音山。
現在、後祭には10基の山鉾が出ていますが、大きい山鉾は北観音山、南観音山、大船鉾の3基。
そのすべてがこの新町通りにあります。
駒形提灯が横に広いのが特徴的です。
真松の上には長尾鳥が乗せられています。
山のある場所が六角町なので、提灯も浴衣も、桶の焼き印まで六角形に統一されています。
後祭が復活して以来、後祭の曳山先頭を務めます。
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