13/05/09 関ヶ原

鞭崎八幡宮

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久しぶりに鞭崎さんに来ました。
まだ引越しのご挨拶をしていなかったので、そのご挨拶♪

オートバックス 置くだけ充電

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車の修理にオートバックスに来ました。
1時間ほどの待ち時間でしたが、「おくだけ充電」が置いてありました。
ゲレンデなどでは、充電禁止のところが多いのに、オートバックスのこの太っ腹♪
レストハウスに無料充電器を置いて、積極的に利用を促したほうが利益も出るのではないでしょうか?

無限時空

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駐車場にオブジェ。
これはどうかなぁ・・・。
いろいろな能書きが書いてありましたが。

馬防柵

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馬防柵は定期的に作り変えられているようで、一部は最近作られたようです。
ただ、何か違う…。

松尾山 小早川秀秋陣跡

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西軍の鶴翼の陣の右翼を担う小早川隊が動かず、やがて山の斜面を左手のほうではなく、右手に降りて、大谷・平塚隊に攻め込んでいった光景を見た時の三成はどう思ったのでしょうか。
開戦から3時間も動かない小早川隊に対して、三成は過度の期待はしていなかったのではないかとは思いますが、何が起こったのか頭では理解できても、心は理解できなかったのでは。

三成の陣と島津隊の間には北国街道があるのですが、北国街道を逃げずに東軍に突進した島津隊も見事としか言い様がありません。

石田三成陣跡

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400年の隔たりがありますが、ここからの景色が石田三成が見た景色です。
眼下に島左近がいて、蒲生郷舎がいて、島津隊、宇喜田隊、・・・大谷隊、小早川隊、家康の後ろの毛利隊の布陣は、大きな鶴翼の陣となっていて、本当に機能すれば徳川家康を押し込めることが出来たでしょう。
霧が晴れて、東西の陣容を見たときに、三成は勝利を確信したでしょう。
あまり高い山ではありませんが、関ヶ原の全容が把握できる良い陣地です。

笹尾山

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島左近の陣跡の横から、石田三成の陣跡である笹尾山山頂に登ります。
薄暗い林の中から見える大一大万大吉の旗指物は、神々しく、やっと来れたと思いました。

島左近陣跡

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笹尾山の麓になるところに島左近の陣跡があります。
主君である石田三成を見上げながら戦ったのでしょう。

関ヶ原 決戦地

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石田三成陣跡前が決戦地となっています。
小早川秀秋の寝返りによって西軍の敗戦が濃厚になったために、西軍各隊は総崩れとなり、東軍は石田三成本陣に殺到します。
故に、ここが決戦の地となっているようです。
後に、東軍の兵士がいつまでも声が耳に残っていたという、島左近奮戦の地でもあるわけです。
正直、思ったよりも平坦な土地で、想像と違いました。

徳川家康最後陣地

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資料館のすぐ横に、戦いが終わって徳川家康が首実検をしたところの場所があるということで、寄ってみました。
小学生たちがいっぱい見学をしていました。
…少年、ここで家康が死んだわけじゃない…。(笑)

首を洗ったり、化粧をしたりしたのは、関ヶ原宿の住人たちが駆り出されたそうです。
また、近くには東首塚と西首塚があるそうですが、それを作らされたのも住人たちなのだそうです。
日本史の中でも有数の死者数の8000人とも5000人ともいわれているのですから、住人たちもたいへんだったと思います。
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